「採用選考における人権尊重」

第36回2008/01/16

「採用選考における人権尊重」


「採用選考における人権尊重」

1.採用選考における人権尊重

中途採用面接の際、
応募者に対してどのような質問をされることが多いでしょうか。
例えば、ある応募者に対して「家族の状況」について質問をしたとします。
面接の担当者からすれば応募者をリラックスさせるための
「軽い」導入のための質問であるかもしれません。
しかし、家庭環境は様々で複雑なケースも多くなっている中、
はたしてその質問は答えやすいものでしょうか。
ただでさえ緊張を強いられる面接試験の場です。
答えづらい場合、かえって落ち着きを失ったり、
萎縮してつい黙り込んだりしてしまうのがむしろ自然でしょう。
あるいは心の中で反発を覚える人もいるかもしれません。
その心理的動揺から生じた態度が、面接の担当者にマイナスの印象を与えてしまいます。


「こんな質問をされたら、応募者が不快に思ったり、
つらい思いをしたりしないだろうか」
「この質問で応募者が動揺してしまい、
普段の実力が発揮できないことはないだろうか」と思いやる心を養い、
自社の採用目的や選考基準を相手(応募者)の立場から捉えなおしてみること、
それが人権尊重の精神に根ざした公正な採用選考の実現に向けて最も大切なことです。


「人権尊重」と聞くとどこか「堅苦しい」「難しい」
あるいは「きれいごとめいた」印象がぬぐえないかもしれません。
しかし、それほど難しいことではなく、
相手(応募者)の気持ちになってその心情を思いやること、
それが「人権尊重」ということであると言えるでしょう。


お客様、相手方の立場に立つという企業において
日常的に心がけているその姿勢を「採用選考」の場面に応用することが求められています。


たった一つの「なにげない」質問が、
応募者自身の「そのひとらしさ」を消してしまい、
その人の適性と能力を公正に評価する機会を逃してしまうことになってしまいます。
採用選考における人権尊重の態度も企業のトップや
一部の担当者だけにしか浸透していないのであれば、
その企業が人権感覚に根ざした公正な採用選考を行っているとは評価されません。
一人一人が相手の尊厳を認めあうことができるよう、
企業のトップから一般従業員に至るまで、
企業全体で人権問題への理解と認識を深める必要があるといえます。

 

2.自由に採用活動をする権利と人権尊重のバランス

「人権」とは、誰もが生まれながらに持っている権利であり、
人間が人間らしく幸せに生きていくために尊重しなくてはならないものです。
日本国憲法では、人権、職業選択の自由、生存権を保障するとともに、
法律で定める基準は健康で文化的な生活を営むことができるものであるよう、
定められています(労働基準法や職業安定法など)。


もちろん、憲法は財産権の行使も基本的人権として保障しており、
企業には営業等経済活動の自由や採用に関する自由が認められています。
しかしそれは、国民の基本的人権を侵してまで認められているわけではありません
(男女雇用機会均等法や雇用対策法)。
企業には働く場を提供する雇用主として、
国民の基本的人権を尊重した採用選考体制を確立し、
公正な採用をする責務があるといえます。


企業にとってどのような人を従業員として採用するかは最重要の問題であり、
それぞれの企業がその目的に合わせて採否を決定するのは当然です。
しかし、企業の社会的責任が求められている中、
採用・選考の場面においても人権が尊重されなければなりません。


就業の機会均等を全ての人に保障し、
応募者本人の適性と能力のみを採用の基準にすること、
それが人権尊重を心がけた採用であるといえます。
応募者本人の責任によらないこと(本籍・出身地、家族、生活環境など)、
自由に任されること(思想・信条など)にこだわって
応募者本人の適性と能力を公正に評価しないことは
人権を尊重した採用のあり方とは言えません。


3.公正な採用選考をすすめるために

(1)採用方針・採用計画
雇用条件、採用基準をあらかじめ明確にする際、
特定の人を排除してしまうと、各種法令の禁止事項に抵触してしまう恐れがあります。
雇用条件・採用基準に適合するすべての「人」が応募できる原則を確立することによって、
違法となるリスクを避けることができます。
特に次のような人を排除していないかチェックをして下さい。


ア 同和地区出身者  イ 女性  ウ 障害者  エ 母子家庭や父子家庭の人
オ 定時制・通信制過程修了者  カ 外国籍の人  キ 特定思想・信条の人
ク その他(高齢者、HIV感染者等、刑を終えて出所した人、破産者など)


上記を含め、応募者本人の適性や能力以外のこと、
例えば、親の職業や家庭状況等を採否の基準としないことが
人権を尊重した採用姿勢といえます。


【重要!】年齢制限について
雇用対策法が改正され、平成19年10月から、事業主は労働者の募集及び採用について、
年齢に関わりなく均等な機会を与えなければならないこととされ、
年齢制限の禁止が義務化されました。
年齢制限が認められるのは以下の6つの場合に限定されています。


 ①定年年齢を上限
 ②労働基準法による年齢制限
 ③長期勤続キャリア形成のため若年者等を採用
 (ただし、労働者の職業経験について不問とし、新規学卒者と同等の処遇とする場合に限る。)
 ④技能等の承継のため労働者数の少ない年齢層を対象
 (厚生労働大臣が定める条件に適合する場合)
 ⑤芸術・芸能における表現の真実性
 ⑥高年齢者又は国の雇用促進施策に係る年齢層に限定
 参照URL http://www.mhlw.go.jp/topics/2007/08/tp0831-1.html

 

(2)採用基準・選考方法
不合格となった応募者にも納得してもらう為には、公平な基準を明らかにする必要があります。
不明確な選考基準では、「本当は女性だから不合格となったのではないか」
「差別を含んだ選考をしているのではないか」といった不信感を持たれかねません。
公平な選考基準を明らかにすることによって、
人権尊重を重視した採用活動を行っていることが証明できます。
そこで大切なのが、
募集職種の職務(作業)を遂行するために必要な条件を基礎とした公平な基準です。


身体条件・知識・技能・履修科目等のうち、職務(作業)遂行上必要な条件は何か、
どの程度のレベルが必要なのかを明確にし、選考基準にどの程度適合しているか否か、
公正に評価する方法を実施する必要があります。
その際、書類選考だけというようにひとつの方法のみで評価したり、
過去の習慣や経験のみにとらわれていたり、表面的なものだけで判断するのではなく、
様々な選考方法で潜在的な資質や長所を積極的に見いだすような配慮をしていくことで、
応募者の基本的人権を尊重する体制を整えることができます。


(3)募集・応募書類
戸籍謄本や本籍・家族などを書かせる社用紙・エントリーシートは使用せず、
中途採用時に応募者から提出される履歴書は、
日本工業規格(JIS)の様式例に基づいた履歴書を使用するのが良いでしょう。
求人票等には採用条件や労働条件を明示し、
職務遂行上必要な適性と能力に関係のない事項を記載してしまうと、
各種法令に抵触してしまうリスクが大きくなります。


(4)選考内容
学科試験や作文は業務遂行に必要な知識、
能力を持っているかどうかを判断する為に実施すべきものであり、
作文のテーマに「私の生い立ち」、「私の家庭」等本人の家庭環境に係わるものや、
思想、信条等を推測すると考えられる課題を設定することは、
応募者の人権侵害に繋がってしまう恐れがあります。これは、面接においても同様です。


面接においては、面接によって何を判断するのかを明らかにし、
外面的な容姿や印象等にとらわれず、客観的に判断できる方法、基準を作ることが大切です。
質問内容に関しては十分な検討をし、応募者の基本的人権を十分に尊重する必要があります。
面接は、面接技法、観察力が十分で、言葉が明瞭、偏見がなく、
感情に左右されないと言った条件をクリアする人が実施すべきです。
また、適性検査はその目的以外に使用することは個人情報の兼ね合いで禁止されています。


(5)健康診断・身元調査
採用選考を目的とした、画一的な健康診断を実施してはいけないこととなっています。
雇入時健康診断は、労働者を雇い入れた際における適正配置、
入職後の健康管理に資するためのものであり、採用選考時に実施するものではありません。
健康診断を実施する場合には、応募者に対して事前にその目的と検査項目について説明し、
本人の了承を得てから行う必要があります。
また、採用に関する身元調査は認められておらず、応募者の本籍地、居住地、家庭状況、
思想信条、債務状況などの個人情報を収集してはいけない事となっています。


(6)採否の決定・内定から入社まで
公平な選考結果であるかどうかについて、
応募者の適性や能力を総合的に評価したかどうかについて再点検をする必要があります。
選考の経過、採否決定のデータ等がいつでも明示できるよう、きちんと整理をし、
「不採用」とする場合はその理由を明確にしておく事が大切です。
入社後、必要とする書類を採用内定期間中に提出するよう求めることはできませんので、
採用決定(内定)時に求める書類は「就職承諾書」だけとなります。
就職についての承諾書に、企業側の一方的な考え方による取り消し、
留保条件をつけることは禁止されており、
また、内定取り消しは合理的理由がなければできません。


(7)採用決定(内定)後における関係書類の取り扱い
募集・採用段階で収集した個人情報は目的以外に使用せず、採用決定後であっても、
画一的に不必要な書類の提出を求めてはいけないようです。
入社に当たって、画一的に戸籍謄本、住民票の提出を義務付けたり、
労働者名簿に本籍地を記載してしまうと、人権侵害へ繋がる恐れがあります。
戸籍謄本等の提示を求めるときは、
その使用目的を十分説明し、事実確認後は本人に返却する必要があります。


4.総括

人権を尊重した採用を行うことは企業の社会的責任です。
採用すべき人材から「見られている」意識を持ちましょう。
また、採用に至らない事例ほど、人権軽視の選考が行われがちですので、
かえって気を付けなければなりません。
法令違反は企業の社会評価の失墜に繋がります。
採用の企画段階から実施・入社手続き段階まで一貫して人権を尊重した採用が行えるよう、
各種法令との適合をもう一度見直し、「相手を思いやる心」を持って採用活動に取り組むことが、
売り手市場の人材マーケットの中で
良い人材を採用するための近道であるといえるかもしれません。


- 参考文献 -
『採用と人権~明るい職場を目指して2007年~』東京都産業労働局
『労働法』(弘文堂)菅野 和夫
『労働法の争点(法律学の争点シリーズ(7))』
(有斐閣)角田邦重、毛塚勝利、浅倉むつ子

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