「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」
第105回2015/07/21
「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」
「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」
安部政権が発足してから、政府は「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」、いわゆる『三本の矢』を実現すべく多くの改正法案に取り組んでいます。
その中の三本目の矢としてある「成長戦略」は、日本経済強化・向上のため、労働に関する様々な改正案を策定しています。
その労働に関する改革の中の一つ「働き方の改革」では、以前このコラムでも取り上げた"ホワイトカラー・エグゼンプション(高度プロフェッショナル制度)"が再び改正案として取り上げられ、各所報道では"残業代ゼロ制度"とも言われています。
2007年にも労働基準法改正案として国会で議論をされていたホワイトカラー・エグゼンプションですが、一度は具体的な導入が成されなかった中、何故また導入が検討されているのでしょうか。
今回のコラムでは「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」について、概要と前回(2007年時)の改正案からの改善点、また、類似制度の「裁量労働制」との違いを踏まえてお伝えします。また、本場米国の制度から学べる、日本版ホワイトカラー・エグゼンプションのあり方についても解説していきたいと思います。
日本版ホワイトカラー・エグゼンプションと裁量労働制
1.日本版ホワイトカラー・エグゼンプション
ホワイトカラー・エグゼンプションは、元々アメリカで導入された制度です。ブルーカラー労働者以外、つまり事務系の職種に該当する労働者に対して労働時間を基準として評価(給与)を与えるのではなく、成果に対して給与を算出されます。
日本の労働基準法で言えば、『1日8時間・1週40時間(労働基準法32条)』という法が適用されず、仕事の成果で報酬が支払われるようになる、という事です。
実際に、現法律に基づいて判断すると、同じ量の仕事を課されても「定時に終える人」と「残業をしなければ終えられない人」では残業をした人の方が得をしてしまうという状況が起こりかねません。
時間ではなく成果に応じて対価が得られるようになれば、労働者一人一人のモチベーションの向上、そして生産性向上にもつながるということで、この日本版ホワイトカラー・エグゼンプションの導入が検討されています。
2.裁量労働制
今回の労働基準法改正にはホワイトカラー・エグゼンプション制度の他に、類似制度の「裁量労働制」の対象拡大も検討されています。
この裁量労働制とは、実際の勤務時間と関係なく、あらかじめ決められた時間を働いたとみなし、給与を支払う仕組みです。労働者自身が働く時間を柔軟に決めることが出来ます。
現時点での裁量労働制は、全ての職種に裁量労働制が適用される訳ではなく一定の専門知識を有する職種のみ対象となっています。具体的には、アナリストやディーラー、弁護士などが適用対象です。
2007年時の労働基準法改正案との相違点
・ホワイトカラー・エグゼンプションの相違点
適用される労働者の年収基準の変更により、2007年時の900万円以上という基準から、1,075万円以上に引き上げられています。
・裁量労働制の相違点
企画業務型裁量労働制の対象が拡大されます。この企画業務型裁量労働制(企画・調査型の職種、ITシステムの営業職など)と専門業務型裁量労働制(弁護士、大学教授、デザイナーなど)を合わせると、日本全国で約60数万人の労働者が残業代支給対象外となります。
ホワイトカラー・エグゼンプションに該当する労働者には深夜・休日手当も支給は認められませんが、上記二種類の裁量労働制に該当する労働者には深夜・休日手当が支給されます。
裁量労働制のメリットは、働く時間を自由に選択でき生産性向上に繋がるというだけではなく、介護や育児との両立がしやすくなるというメリットもあります。一方、長時間労働の風潮が根付いている日本社会において、同じ賃金でいくらでも仕事をさせることが出来てしまう裁量労働制は、むしろ長時間労働に拍車がかかり、過労死増加につながるのではという意見も見受けられるようです。
例えば、インハウスとして事業会社で就業する弁護士の方々がいます。ここ最近、弊社でもインハウスのポジションのご依頼が増えていますが、弁護士に対する専門型裁量労働制はどのように適応されるのでしょうか。
裁量労働制対象者が対象外の社員と同様に残業をしたとしても、資格を有するというだけで残業代は支給されません。もちろん、別の手当支給等で賄えるかもしれませんが、そもそもの拘束時間の改善がされなければ労働環境改善・生産性の向上は見込めないでしょう。
アメリカでの導入例からみる、日本版ホワイトカラー・エグゼンプション
冒頭でもお伝えしました通り、現在日本で導入を検討しているホワイトカラー・エグゼンプションとは元々アメリカの制度であり、アメリカでは1938年から導入されています。
労働省のホワイトカラー・エグゼンプション規定項目に基づき、「管理的か運営的、もしくは専門的な職務」に就き、「時給ではない給与が週455ドル以上を得る労働者への最低賃金の規定の適用及び残業代支給はない」というものです。
週455ドルから年収を換算すると年収約280万円以上となり、日本ではそう高くはない年収範囲と見受けられますが、この点においては物価を始め、生活環境が全く異なるため、日本版ホワイトカラー・エグゼンプションとは比較し得ないかもしれません。
しかしながら日本でも起こりうる問題点として考えられるのは"名ばかり"の対象者が出てくるかもしれないという点です。
アメリカでも管理職もしくは専門職に該当する労働者を対象に「ホワイトカラー・エグゼンプション」が適用されていますが、日本の法案のように職種や仕事内容の具体性が低いという指摘があります。
実際にアメリカでは企業側から「ホワイトカラー・エグゼンプション対象者」とされ、本来は対象外である労働者への時間外手当の支給がなされず、訴訟に発展することが増えていると言われています。
日本のホワイトカラー・エグゼンプションは、職種の棲み分けにおいて具体性がある一方、裁量労働制に関しては、対象者と非対象者との区別を明確に規定として記されなければ名ばかり管理職が増える可能性があります。
日本の人事部発行の調査レポート・人事白書2015によると、今回の労働基準法改正への賛成は53.6%と過半数を超えており、理由としては、働き方に柔軟性を持てることや人件費の削減、またそもそも年収1075万円以上のハイクラス層であれば時間外手当の概念は該当していないという点が挙げられています。
一方で今年2月、日本版ホワイトカラー・エグゼンプションは過労死増加を促すとし日本労働組合総連合会は制度導入へ反対の意を表明しました。
連合によると、毎年100名を超える日本の過労死問題にはホワイトカラー・エグゼンプション制度は解決策にならないとしています。
まとめ
今回、コラムの執筆を通じて、政府レベルでの改正が企業一社一社に与える影響が異なるのではないかと感じました。
当たり前のことですが、企業の業界、規模、組織構成は十社十色です。
フレックス制度を導入し運用が円滑な企業であれば、ホワイトカラー・エグゼンプションや裁量労働制の導入が、労働環境改善に繋がるかもしれません。
一方で中小企業に焦点を当てますと、そもそも年収1075万円以上の給与水準に当てはまらず、ホワイトカラー・エグゼンプション制度導入の恩恵を受けることが出来ない可能性があります。日本にある全株式会社だけを見てもほとんどが中小企業である中、政府レベルで共通のルールとして適用するのは考え物かもしれません。
また企業人事としての観点から考えますと、人事評価に基づき給与を算出している中、成果をどのように具体的な賃金に変換するかという点は曖昧さが残ります。
根本的な人事評価制度の改定が必要になり、裁量労働制導入に関しても、出勤・退勤時間が異なるため勤怠管理の複雑化は避けられません。
ある程度の共通規定も保ちつつ、個人の就労形態や職務に合わせた多様な対応をスムーズに行なえるスキーム作りには時間がかかりそうです。
政府としても未だ改正法案内容は確定されておらず、今後更なる改善策がなされるかもしれません。
どういった政策・制度作りが、企業の発展には必要なのかを見定めることが、次いでは日本経済の復興には必要不可欠なのだと思います。
(文/キャリアアドバイザー 森澤初美)
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