「ストックオプションのメリット・デメリット」
第100回2014/09/22
「ストックオプションのメリット・デメリット」
「ストックオプションのメリット・デメリット」
企業と従業員(または取締役)の間に締結される労働契約において、最も重要な要素の一つが「給与」です。その給与形態の中でインセンティブ制度を用いている企業もあり、特に営業が中心の企業では、成果主義を反映した制度を設計する際に、インセンティブ制度を導入することで、従業員に積極的に成果を目指してもらうというケースが多いのではないでしょうか。
こういったインセンティブ制度は、個人の業績に関連するものだけではなく、会社全体の業績に関連させる制度設計方法もあり、また毎月の業績達成度合いに応じてインセンティブを支払うというような短期的なものだけではなく、長期的なインセンティブ制度の設計も可能です。会社全体の業績と連動する長期的なインセンティブの代表例が「ストックオプション制度」や「従業員持株会制度」です。
今回は、前者のストックオプション制度についてお伝えしたいと思います。
ストックオプションとは
ストックオプションとは、会社が従業員や取締役に対して、会社の株式を予め定めた価額(権利行使価額)で将来取得する権利を付与するインセンティブ制度です。
ストックオプションを付与された社員は、会社の株価が上昇した際にストックオプションによって優遇された価額で、定められた数量の株式を取得し、売却することができます。市場での株価との差額が、株式を取得した社員にとっての利益になります。社員は株価が上がれば上がるほど利益が大きくなるので、株価を上げる為に一生懸命働き、それが会社や株主にとっての利益となる、というのがストックオプションの仕組みです。
例えば、現在の株価が1株500円である時に、企業が取締役や従業員に対して「今後4年間であればいつでも500円で1000株まで当社の株を買っても良いですよ」というストックオプションを付与するケースを考えてみましょう。
もし、取締役や従業員が頑張ることで会社の業績が伸び、株価が1000円に上がったとすれば、ストックオプションを付与された取締役や従業員は、1000円の価値がある株を500円で買える訳ですから、権利行使してすぐに売却すれば1株あたり500円の利益が上がり、1000株であれば50万円の収入を得る事が出来るのです。もちろん、購入した株式をそのまま資産として保有し続けることもできます。反対に、業績が悪くなってしまい、株価が下がってしまった場合はストックオプションの権利を行使しなければ、株式を購入したことにはなりませので、ストックオプションを付与された取締役や従業員がそれだけで損をするということはありません。
ストックオプションの歴史
元々ストックオプションとは、アメリカで株式や社債を販売するために魅力付のアイテムとして利用されていた制度です。その他、ストックオプションを用いて有能な経営者を招き入れ、破産企業の再生を行う為にも行使されていました。アメリカでは、1950年の税制改正によって従業員・取締役に税務上の恩恵が与えられた為、一気に拡大していった制度です。
日本では、1997年までストックオプションという制度は認められておらず、実務界では新株引受権(会社が発行した株式を優先的に引き受ける権利)を行使した擬似ストックオプション制度をソニーやソフトバンクが取り入れていました。こうした実務界のニーズや、当時株価が大幅に下落したことを受けて1997年、景気対策の一環として商法上初めてストックオプションという制度が設けられました。
しかし、この時点では、まだ付与対象者や発行数に制限があったりといくつかの使い勝手の悪さがありました。そういった点を改善するために「新株予約権」という権利をつくり、ストックオプションの制度を改善したのです。
この新株予約権のうち、インセンティブ目的で社員や取締役に対して付与される場合が一般的にいう「ストックオプション」です。社員や取締役に新株予約権が付与された場合は、税務や証券取引上でいくつかの優遇処置が認められている為、非常に有利であるというイメージがつきました。
ストックオプション採用事例
【米スターバックス・コーヒー社のケース】
1991年から『ビーンズストック』と称したストックオプション制度を導入しています。同社の『ビーンズストック』は、勤続期間や労働時間等の一定条件を満たしていればパート従業員もオプションの付与対象者としている非常に珍しいケースです。「企業の発展、成功に貢献した人が、その成功を共有するのが当社のカルチャーだ。」 と従業員のモチベーションを喚起する目的があることを同社の経営サイドは発表しています。
【米アップル社のケース】
創業者スティーブ・ジョブズ氏死後、優秀な幹部社員の流出を防ぐ目的で2011年11月、同社幹部にそれぞれ15万株の制限付き株を認証しました。当然同社に残るという条件のもとですが、株は最初の半分を2013年、残りを2016年に渡すという仕組みをとっているそうです。
上記の例以外にも、ストックオプションによって実際に大幅な利益を得ている方ももちろんいらっしゃいます。米ブルームバーグ社によれば、米銀ゴールドマン・サックス・グループのパートナー陣は今年に入って約406億円の利益を、ストックオプションを行使したことによって得ているそうです。同グループは、2008年の深刻な金融危機を背景に報酬費用を約半分に減らしましたが、同時に優秀な人材の流出を防ぐ為に3600万のストックオプションをパートナーに付与しました。そして当時約84ドルだった株価は現在179ドルに倍増し、パートナー陣はその恩恵を受けたようです。
どんな企業に導入が向いているのか?
ストックオプション制度は、株式を自由に売ることができなければ付与された側にもメリットが出にくいということもあり、基本的には株式公開(IPO)を目指すベンチャー企業や、既に上場している企業で用いられます。
2013年12月26日に公開されたタワーズワトソン社の調査によると、2012年7月1日~2013年6月末日までの1年間位、ストックオプションを実際に付与した事実をプレスリリースした企業は476社であり、前年と比べて28社(6%程度)増加した模様です。
では、上記のようなストックオプション制度を導入するとどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。今回は付与対象者側と付与側(会社)とに分けてお話ししましょう。
付与対象者にとってのメリット・デメリット
【メリット】
・会社に対する貢献が正当に自己の利益に反映される
自己の頑張りが株価に反映され、株価の上昇が自己の報酬に繋がる為、成果が正当に報酬につながると言えます。
・自己資金で直接株式を保有するよりもリスクが少ない
直接自社の株式を保有すれば当然株価が下落した時には損失を被る可能性があります。
しかし、新株予約権であるストックオプションは、株価が上がった場合のみ、権利を行使して新株を保有すれば良いのであって、株価が下落した場合には権利行使をせずにいれば損失を被ることはありません。
【デメリット】
・自社の業績や成長性以外の要因による株価変動が、将来の報酬に影響を与えるリスクがある
例えば、どんなに経営努力を行い新技術・新商品を開発してきた経営者も、経済全体が落ち込んでいる時期に企業固有の要因以外で株価が下落してしまえばどうしようもありません。このように付与対象者の報酬は、自社の業績など以外、つまり従業員等努力の影響範囲外のところから影響を受ける可能性があるということです。
付与者にとってのメリット・デメリット
【メリット】
・ストックオプションを付与された取締役や従業員の経営参画意識の向上
付与対象者の取締役や従業員は自社の株主となり、株主価値が自己の報酬に影響します。従って会社側から口うるさく指導をせずとも自ずと株主に損失を与えるような行動は避け、株主価値・企業価値の向上を目指して行動をするようになることが期待されます。
・成果報酬主義の導入
ストックオプションを導入すると、取締役や従業員の報酬は会社の成績が反映される株価に連動することになります。つまり、彼らに与える報酬はあらかじめ定めた額の賞与などではなく、会社の市場価値が向上した場合に、その上昇分だけ報酬を与えるという成功報酬型にすることができるのです。
・優秀な人材の確保、流出の防止ができる
現時点で取締役や従業員に現金を支払う必要がないため、財務の余裕がなくても将来的なインセンティブを絡めて優秀な人材を集めることができます。特に上場を目指す企業では、優秀な幹部候補を採用したいというニーズが大きい反面、大手企業並みの報酬を確約することができず、その差を埋めるためにストックオプション制度を導入するケースが数多く見られます。
【デメリット】
・経済状況やストックオプション制度が未熟なものであると制度の導入効果が得られず、経営にとってマイナスの影響が生じるリスクもある
具体的には、(付与対象者と同じく)経済全体の影響で、どんなに取締役や従業員が頑張っていても株価が上昇しない環境下では従業員のモラルの低下が起こる可能性があります。また、ストックオプションを付与する基準が不明確であれば、これもまた不公平感による従業員のモラルの低下が起きるかもしれません。その他にももっと長期的な目線で言えば、IPOそのものが経営の目的となってしまい、IPO後の成長戦略がおろそかになってしまう恐れもあります。
ストックオプション導入の注意点
前述の通り、導入はしたものの経済状況によっては機能しない可能性もありますし、規定が曖昧であれば逆に一部従業員の士気の低下を招く可能性もあります。その他にも、株式公開準備中に入社した幹部が株式上場と同時にストックオプションの行使を行い、多額の報酬を手にして退職していってしまうというケースも良くお聞きします。
このような注意点を踏まえたうえで長期的な視点に立ち、組織管理の一手法としてあらゆる場面を想定しながらストックオプションの導入是非を検討すべきであり、短期的な「その場しのぎ」の報酬手段としてストックオプション制度を導入すると、結果として企業にとってデメリットを与えてしまう可能性もありますので、細心の注意が必要です。また、会計や税務上にもメリット・デメリットがあるので、こちらもあらかじめ抑えておく必要があるでしょう。
まとめ
ストックオプションは、うまく活用をすれば低いリスクで会社をプラスに動かすことができる制度です。大企業の存続戦略としてはもちろん、初期投資の難しい新興企業においてローリスクな従業員の士気向上のブランディング手法として導入し、飛躍的な成長を目指すことも可能です。導入に当たっては、前述の通り、導入後に想定される状況を長期的な視野を持って熟考する必要があります。また、本稿では触れていない会計・税務上の処理に関する知識も当然必要になってきます。
今回ご紹介した内容はストックオプションの特徴のごく一部です。(実はストックオプション自体、新株予約権以外にも複数の種類があります)
自社の経営を考える皆様、会社のミッションを達成する手法のひとつとしてストックオプションについて一度検討されてみるのも良いかもしれません。また、オプションの付与対象者の方、付与対象者になる可能性のある方はその権利を最大限有効に行使するプランを考えてみてはいかがでしょうか。
【関連記事】
・ストックオプションの導入方法と手続き
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